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母なる海が人間を育む

            海が人間を育てる!

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はじめに
   母なる海については,海と地球と人間の記事で既に述べた。 私は,船乗りから社会人生をスタートし,この貴重で大切にしなければならない海に関わった仕事を一貫してやってきた。「母なる海」という大きな命題の中で,考え,実践してきたことのうち,本論では海が持つ人間への教育性についてテーマを絞りこみ,私の些細な実践例を簡単に紹介することにします。


  海が人間に与える教育性
 今の日本の子供は家庭学習時間最短,テレビを見る時間は最長,学習意欲は低水準とIEA(国際教育到達度評価学会)が評価した。文部科学省は,公教育の見直しを日本の将来のために見直した。その要点は,基礎学力と躾である。

私は,人間と人間の関係,人間と自然の関係の学習が希薄になった結果だと思う。希薄な人間関係に対する教育にはまず,家族が家族を愛し,間違いは間違いと教える血の通った家庭環境が必要だと思う。
家庭では厳しさとともに,許してくれるという血の通った愛が本来存在するはずである。この家庭を単位として人間社会が存在する。子供は,孤独が怖いので携帯電話で他人とつながり,家族とはつながっていない状況で,狭い価値観や自己中心的な考え方で,いじめ,犯罪,自殺等をしているのではないかと思う。
いじめを受けた子供が成長して親になり,子供をいじめたり,反社会的な事件を起こしているという。大人の世界でもいじめは存在する。子供を心底,愛せない親がいる血の通っていない家庭が増えている。この悪循環がこのまま進行することを恐ろしく思う。
 家族や人間社会の周りに自然が存在する。希薄な人間と自然の関係の学習が必要であると思い,「人間は,自然の中で生かされている,生命の星,地球環境との共生」を教える教育が高等教育機関においても私は,必要だと考えている。この教育の場として私は海を選んだ。
 
私は,大学を卒業し新米船乗りの頃,乗り組んでいた大きな外国航路の貨物船がアメリカからの帰り途にアリューシャン沖で冬の大嵐に出会い遭難した経験を持っている。
そのとき,私は,人間レベルの小賢しい価値観や考えを遥かに超越したある偉大なものを海に感じたことを忘れてはいない。
海は,通常はやさしく多くの恵みを人間に与えてくれるが,ときには人間が想像できないほど厳しくて怖い存在にもなる。平たく言うと「善悪基準が極めて明確で,ごまかしの効かない,大変厳しく,大変やさしい母」と対話をするということに似ている。自ら経験して得たこの考えが,私が海を思うきっかけであった。

  洋上実習 
 毎年7月下旬か9月に,3年生,または4年生,40名ないし80を対象に洋上実習を行った。学生は朝,作業服に着替え,若潮丸という練習船で沖に出る。
 服の上からライフジャケット(救命胴衣)をつけさせ,約3メートル下の海に足から飛び込む。目の高さを考えれば,海面上4メートル以上になるから少し高く感じる。泳げるようにさせ,その上で参加させている。
日頃,生意気なことを言っていても,足がブルブル震えている学生もいる。
 飛び込むと,いったん海にゆっくり沈み込み,そして浮上する。そこから約150メートル離れたライフラフト(救命筏)まで,泳いでいく。ライフジャケットを身につけているので,それが外れない限りおぼれる心配はないが,着衣水泳となりたいへん疲れる。

 目に見えない潮に大きく流されてなかなかライフラフトにたどり着けない。ライフラフトに到着すると,簡易はしごを昇って筏内に入る。
 少し休んだ後,またグループで泳いで若潮丸まで戻ってきて,約5メートルの縄ばしごをよじ昇る。そのときまで浮いていて水から出ると自分の体重をズッシリと感じる。
 このとき既に体力をかなり消耗しているので,援助なしでは昇れない学生も出てくる。
これを約10人1グループにして,グループごとに15分くらいの間隔で出発させます。一つのグループが飛び込んで船に帰ってくるまで40~50分はかかる。
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 教員は不測の事態に備えて,学生の状況を把握する。
私は,この訓練を始めた頃は学生と一緒に飛び込んで泳いでいたが,それでは全体を見ることができないので,若潮丸の上にいて全体を見渡して種々の指示していた。
 ほとんどの学生は自力で戻ってくることができる。私の経験では,約25年間で数名の救助をしたくらいである。殆どの学生にとって,ライフジャケットをつけて船の上から飛び込んで泳いで戻ってくるという経験は初めてである。
 最後は疲労困憊状態になる学生が多いが,遭難時という設定がもたらす緊張感もあって,学生たちは大きな達成感と喜びを感じてくれる。

 午後のプログラムでは,遭難時に用いるロケット信号の発射を実際に行う。300メートルの上空に昇るものもあり,強力なものだからふざけてやっていると危険を伴う。
 ロケットを手に持って発射するので,持つ手が熱くなり発射後,手の毛が燃えてなくなっているのに気づくということもある。救命索発射器などはとても大きな音が出る。学生たちは,実際の使用方法を学びながら,教員や先輩の話はきちんと聞いておかないといけないとか,特別な時にしか使わないものであっても日頃から管理しておくことが大切であるなどの感想を持つ。

 午後のプログラムが終わると感想文を書かせるが,学生の感想は,「泳げたが流されて体力の限界だった」「自然は偉大でこんなにも人間は小さな存在だったのか」「足が震えた」「自信が芽生えた」「はじめてクラスがひとつになれた」「他ではできない貴重な体験だ」「これを教訓にして生きていく」「座学ではえられない現実感がえられた」等々であった。
 
 彼らは、謙遜・遵法精神・協調性・自己責任観念等を学んでくれているようである。 私は,この実習の目的を,救命講習の内容の一部を一まとめにしてプールではなく,実際の洋上で実施し内容の充実を図り船舶安全学の一部を体得すること,「人間集団のあり方」,「人間の大自然への対応」について体験学習する」と公言して25年間実施した。空調の教室内で口頭で説明するより,はるかに効果があったと思う。私が定年退職した後もこの実習は続いている。
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 地方マスコミは,毎年取材をしてくれた。
例えば,船乗りへの儀式」という見出しで,高所恐怖症なので不安だった。デッキに立つと足がガクガク震えた,無理だと思っていることが出来た達成感が忘れられない等,自然の力の大きさや仲間と一緒にいる心強さを指摘する学生の感想を記事にした。
 私が「海は人間と自然,人間集団の正常な関係を教えてくれる。サバイバル実習は,まさに海で行う人間教育であり成長のための儀式だ」と意義を強調したと書いてくれている。

 これと似たことを海洋生物学者のジャック・T・モイヤー氏も行っている。そして,「自分よりはるかに大きなものの存在を肌で感じ,自分の小ささを認識し人をいじめようなどという小さくうす汚い気持ちは生じません。人間と自然とのつながり,人間と他の生物とのつながり,人間と人間とのつながりを大切にする理由が分かる。」と言っている。

 海洋性スポーツの素晴らしさ 
 このような実践的な洋上実習は,大きな教育的効果があるが,年に何回も行えるものではない。
そこで類似の教育的効果を持つものとして,私は海洋性スポーツの素晴らしさに注目している。私は,漕艇部顧問として,海洋教育の視点から指導をしてきた。
 カッターレースでは,クルーの息が合ってこそカッターは海上を滑るように進み結果も出て,達成感をえることができる。
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 海洋では「運命共同体」という意識が共有される。海という教材を使えば,みんなで動かなければ何も解決しないということを的確に教えることができる。「ボーッとしようがわめこうが,船は動かない。みんなで漕がなきゃ戻って来られない」,「団結は力」ということを部員達は自ら気づくことになる。
 練習船の下船式では,長い間共同生活した仲間との感動の涙の別れが見られたが、兄弟姉妹という意識ができていると思われた。
 ジャック・T・モイヤー氏も「海洋では運命共同体という意識が共有され,海洋スクールの別れの感涙は20歳代以上から50歳台,60歳代にも見られる。」と言っている。

 ヨットの場合で特に強く感じるのであるが,大自然に抱かれ,音もなく風の力だけで,操るヨットの性能を最大限に発揮させて大海原をかけ抜ける。
 そのとき人間は日常では出来ない,いわば,自然と一体になる」というように感じる。海では自然と対話しながら,人間のあるべき姿,人間と自然の関係,環境の大切さを学ぶことができる。
海とは一つの「場所」ではなく,「相手」であると感じるようにもなり,海に親しみを感じ大切にしようという思いが強くなる。例えば,子供が母親の表情を読むように海がこれからどのように変化しようとしているのかを察知し,それを信じて自分の身を投げ出して海に精一杯,対応する。

 「海に挑戦する」というような言葉があるが,大変思い上がった考えで,とんでもない考えであると思う。
精一杯対応することが大切である。そうしないと大変なことになる。一変して海は怖い存在となることもある。突風,巨大な白い波,白いうねり,十米先が見えない濃霧等々,人間の無力さと人間など遙かに及ばない大自然のものすごさを感じざるをえず,畏敬や謙遜という意識が自ずと芽生える。
 練習時はコーチがそばでつきっきり,レース時は選手だけで,初めてのレース参加の折り,子供は不安の中で自分を信じ,海とセイルを見据えて一人で沖に出て行く。
自然の変化を判断しながらレースが終わるまでセーリングに集中しなければならない。この目に見えない力は,普段の生活に根気強さや,勉強の集中力として現れる。

 このように,海が人間にもたらす教育性には,自然と人間,人間と人間の正常な関係,常に危険と隣り合わせという緊張感,天候の正確な認識,変化の予測,迅速な判断によって,巨大エネルギーに対する否応なしの柔軟な対応の他,行動力,集中力,協調性,謙遜・遵法精神,自己責任観念等があると思われる。
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海での体験学習が日本で欧米並みに普及しないわけ
 アメリカ,カナダにはシーグラントと呼ばれる海洋に関する基礎研究や,小中学生の実験・野外教育,その他の海に関連する活動を支援する基金(シーグランド)が設けられている。
日本では,日本財団が海に関する行事,事業の援助を行ってはいるものの,国のシステムとしては何もない。

 日本の海洋教育意識を考えると,親や学校は海を恐れ,子供の教育により生じるリスクを恐れている。風や体力を総合的に考え,精一杯のところを見極め,実施する勇気と自信が大切でこれは他のスポーツと変わりはないと思う。

 何もしないで寝て居れば確かに「安全」ですが,「安全第一」とは,限界を見極めたうえ,一歩安全サイドで実行することである。
 四面海に囲まれながらこの観点からの海への関心が比較的少ないのを残念に思う。



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by yyama0525 | 2008-05-23 16:35 | 母なる海が人間を育む

安全の基礎とヒヤリハット

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「安全第一」は事故が起きてはじめて本音になる?!

通常は,企業は「利益第一」が本音だ。私は,「安全第一」は建前にすぎない状況をずっと見聞きしてきた。しかし,一旦大事故が起こると,「大切なものは何だったか」を人間は再確認し,「安全第一」がしばらくの間本音となる。そして,それを忘れかけた頃,再び大事故が起こる。悲しいかな,この繰り返しが続いている。


はじめに 
   20世紀,国際的に「船の安全」を考えさせる引き金となったのは,タイタニック号の遭難である。英国の豪華新造船タイタニック号(ギリシャ神話の不屈の巨神の意の名前,4万6千トン,主機5万5千馬力,最高出力23ノット)は,処女航海で英国からニュヨークに向かった。途中,たびたびの氷山情報があったが船長には届かず,「厳重な見張り」とだけ夜間命令簿に記載されただけで,22.5ノットの全速航行が継続した。そして,1912年(明治45年)4月14日23時45分,大西洋のニューファウンドランドのはるか沖合で,氷山に衝突して約2時間40分後に沈没した。全乗船者2208名のうち,1503名の死者が出た。

  この大事故は,数多くの教訓を残し,沈没後17年してSOLAS条約(海上における人命安全のための国際条約)として活かされることになった。世紀の海難審判の最終部分では,「船長は,氷山海域においてもっと南方に針路を変え,夜間は実質的に速力を落とすべきであった。
   しかし,彼らのとった航法は,過去4分の1世紀の間,多くの船長達が,経験によって無事故で通ってきた航法そのままである。しかし,船長はミスを犯した。実に悲しむべきミスを。だが,それが海上の一般的な経験と慣習からきたものである以上,ミスは確かにミスであるが,これを過失としてとがめるわけにはいかない。もし,将来,タイタニック号と同じことが起こったとしたら,そのときは疑いもなく,過失として責められるべきである。」と結んでいる。この事故が起きてからまもなく100年が経過しようとしている。
 
    筆者は長い間,船舶安全にかかわる仕事をしてきた。船舶安全と陸上の安全とは,環境が異なるだけで,事故の主役がいつも人間,または人間組織であることがほとんどであることから,殆ど同じである。「ひょっとして,みなさんのお役にたてば・・」と思いつつ,安全に関する基礎的で簡単な内容をお伝えし,最新の事故防止には,ヒヤリハット調査が有用であることをお知らせする次第です。
 
安全とは 
   漢字の語源による安全の意味は,「安:家の中にいる女→安らかにして静か」,「全:入と王の合字で王の本字は玉→手中に蔵する珠玉で完全無欠な状態」,すなわち,安全とは安静にして危なくない状態が完全な状態にまで達しており,再び欠けることのないさまを表していると言われている。しかし,この状態は残念ながらこの世にはあり得ない。なぜなら,安全には人間と機械そして環境が関わり,とくに人間がつぎつぎに生み出す危険要因を0%にすることは困難であるからである。従って,出来るだけの努力をして限りなく近づくものが安全という状態といわざるを得ない。
  
   1906年,米のU.S.Steelのゲリ-社長は従業員一同の前で,「従業員の生命自体を犠牲にすることが必要な生産ならばむしろ,これを抹消し去ることが至当である。」と発言した。安全第一の本来の意味は「人間の命が第一」という意味である。この理念が「安全第一」として日本に輸入され,当初は従業員に安全を呼びかける,日本人の好きな標語となって使われた。安全は通常,建前であるが事故が起きると本音になる。

   「安全第一」とは,安全と危険の限界を見極め,余裕をもって安全サイドで活動することを言う。今の世の中「利潤追求の谷間の死」という言葉がある。人間は本当に「安全第一」だと考えているのだろうか・・。最近の食の安全,建物の安全に関する偽装工作を見聞きすると,一部の会社経営者らの本音は「利益第一」で,残念ながら「宇安全第一」とはほど遠い。また,「安全第一」以前の問題で,利潤追求のために「何をやってもよい」というはずがない。それは,人類愛と倫理観の根本的な問題でもある。

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人間はミスを犯す動物
   ヒューマンファクターの定義は,次のようである。例えば,「機材あるいはシステムがその定められた目的を達成するために必要なすべての人間要因」(黒田勲氏),「一件,一件の人間的要因をいう一般用語」(全日空総合安全推進委員会)とされている。ヒューマンファクターには困難なことに直面した際,神技的な能力を発揮したり,名人芸と言われるプラスの面があるが,その裏側の負の部分にヒューマンエラーが存在する。

  スタンレーコレンは,ヒューマンエラーによって起きた大事故についてつぎのように述べている。「チェルノブイリ原子力発電所の大事故,原子炉熔解寸前までいったスリーマイル島の事故,大規模な環境破壊につながったタンカーエクソンバルディーズ号の原油流出事故,そして,スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故,この四大事故に共通するものは眠りが足りない人々によるミスが原因で起こった。」

   人間がいる限り100%完全な安全状態は存在しないが,人間世界が幸福なものになるために,「人間はミスを犯す動物」ということを自認したうえで,限りなく安全に近づかなければならない。
   「ヒューマンエラーはどこからきたか」について,橋本邦衛氏の説を簡単にまとめると次のようになる。

①人間の大脳は理性の脳(新しい脳)と感情の脳(古い脳)の二重構造となっていて巨大な人間システムの機能と行動を統制している。古い脳は生きるための脳で,食本能と性本脳が主体となっている。この本能をたくましく駆動するものが感情で,感情がなかったら人間はとうに滅びていたし,個性の豊かさや人情の機微もない。しかし,感情は新しい脳の理性を揺さぶりミスを誘いだす。
②人間の能力限界を超えるためのエラーで,例えば,人間は二つのことを同時に集中でき ない。二つ以上のものに注意を分配することはできるが,注意力が弱くなってしまい,もう少 し確実に見ようとするとその瞬間に対象は1つに限定され,他のものは見えなくなってしまう。例えば試みに「事故防止」と大きな声で発音しながら,「安全」と手で書いてみると分かるだろう。
③人間のもつ優れた長所の裏側の問題としての弱点からくるエラーがある。人間は動物の中 で,最も進化した大脳を持ち,その自主的な思考判断と意志決定によって自分の行動を律し ており,体が動く限りどんな行動でもとることができる。優れて高級な性能を発揮できるからこそ,楯の裏面でエラーを起こすと考えると分かりやすい。つまり,人間の長所(強さ)が逆に 弱点を生み,それがエラ-につながる。 

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「誰が」からの決別
   事故が起きると,「何が起こった?」→「誰がやった?」→「処罰は?」で一件落着する,責任追求型が多いと言われている。これで事故がもし減るのなら,とうの昔に事故はなくなっていたはずである。責任論と事故防止論は別ものである。そこで事故防止のためには,「何が起こった?」→「何故,どうして?」→「これからどうすれば?」とい,対策追求型に移行しなけらばならない。
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損失偶然の法則
    事故があり,災害に発展して損失が生じる。事故と災害損失との間に確率則があてはまり,一つの事故の結果として生じた損失の大小,損失の種類は,偶然によって決まるという原則である。
   
   Heinrichの法則によれば,例えば転倒という同じ事故を繰り返したとすると,無傷害が300回,軽傷が29回,重症が1回の割合で起こることになる。図1に示すように,災害の底辺の未然事故,無災害事故,無損傷事故は,偶然性の支配によって重大な災害となることを示している。このことは,「底辺の無災害事故(未然事故)も頂点の重大災害もほぼ同じ,原因で起きること」を意味する。そして,無災害事故の原因を調べれば,災害の原因とほぼ同じ原因が分かることになる。
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図1 災害の底辺の無災害事故(ヒヤリハット)は,偶然性の支配によって重大な災害となる

黒幕の陰に真犯人が存在,原因の連鎖 
  F.E.Bird Jr.は,災害の起こった経過を,図2に示すとおり,原因の連鎖で表現した。ここで,管理欠陥は,安全管理者の管理不十分で,例えば旅客船における運航基準不適・不備である。基本原因は個人的な知識・技能不足,不適当な動機づけ,肉体的・精神的問題,機械設備の欠陥,不適正な作業体制等で,例えば船橋当直中の飲酒,過労や睡眠不足である。直接原因は,不安全行動,例えば居眠り,不安全状態,例えば,居眠り防止装置のスイッチオフ等である。事故は,例えば他船に衝突したことで,災害は例えば,その船が沈没してしまったことを意味する。
 
   この理論は,災害に至る原因の連鎖を表現したもので,基本原因(間接原因)と直接原因の関連を明らかにしたことに価値がある。つまり,直接原因の背後に黒幕の間接原因があることを打ち出した。
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                 図2 原因の連鎖

米国家運輸安全委員会NTSB(National Transportation Safety 
Board)による事故調査
 

  前述した,原因の連鎖理論を具体的に実現するためにNTSBでは,災害の起こる過程を図3に示すとおりに想定して次の調査と解析を行っている。

①事故に重大な関わりのあった全ての事柄を時系列に洗い出し,それらの連鎖を明らかにする。
②この事柄が4つのM,Man(人間要因),Machine(機械設備の欠陥,故障),Media(作業 情報,方法,環境要因),Management(管理上の要因)のどれに該当するかを検討する。
③事故を構成した諸要因のうち,最も主要なものを絞る。
④誰が,何を,いつまで(即時または長期的に)実施するかを勧告する。
 
    ここで,4つのMとは次に示すとおりで,間接原因を構成する要因がうまく整理されている。
(1)Man(人間要因) 
①心理的要因:場面行動(他の事柄に気づかず前後の見境いもないまま行動する),忘却(ど忘れ),考えごと(家族の病気,借金等),無意識行動(例えば無意識に熱いお茶をガブリ),危険感覚のズレ,省略行為,憶測判断,ヒューマンエラー
②生理的要因:疲労,睡眠不足,アルコール,疾病,加齢
③職場的要因:人間関係,リーダーシップ,チームワーク,コミュニケーション
(2)Machine(機械要因):機械設備の設計上の欠陥,危険防護の不良,人間工学的配慮不足,標準化不足,点検整備不足
(3)Media(マンとマシンをつなぐ媒体,環境要因):作業情報不適切,作業動作の欠陥,作業方法不適切,作業空間不良,環境不良
(4)Management(管理要因):管理組織の欠陥,規定,マニュアル不備,教育・訓練不足,部下に対する監督・指導不足,適正配置不十分,健康管理不足
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               図3 災害の生成過程

ヒヤリハット調査 
  事故の原因は,人のあらゆる行動において発生する。その行動がすべて期待どおりにいくとは限らず,予期せぬ異常な事態が発生して事故になる。事故を防止する方法については経験から学ぶことが多くある。
     米・英等の航空機や船舶ではインシデント・レポート(ヒヤリハット報告)による事故原因の究明とそれに基いた事故防止対策の検討が広く行われている。ヒヤリハットで終わらず損失を伴う事故になってしまった場合は,当事者が死亡してしまっていたり,生存していても個人の名誉や責任問題が関係するので,調査に困難が伴うことが多く,今までの調査から事故をもたらした背景原因まで知ることは困難なことが多い。

     図3に示すように間接原因(背景原因,誘因)があり,それが直接原因(起因,きっかけ,不安全行動と不安全状態)を生み,それが異常な事態となる。多くの場合,そのような場面に遭遇したときには緊張・興奮や恐怖を伴い「ヒヤリ!ハット!(これをヒヤリハットという。)」とすることとなる。そして被害を生じた場合は災害となり,被害を生じない場合は,未然事故,インシデント,ニアアクシデント,ニアミス,ヒヤリハットとなる。これらの無損失事故をヒヤリハットと称している。

      ここで注目すべきは,前に述べたとおり,「一つの事故の結果として生じた損失の大小,損失の種類は,偶然によって決まり,その原因は同じということである。ヒヤリハット調査は,図4に示すとおり,事故を未然に予防するうえで最適な手法である。
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                図4 ヒヤリハット調査の有用性

いろいろなヒヤリハット調査
  図5に示すような3タイプに分類して考えてみる。ここで矢印(→)は,調査内容に対して行うことができる検討,そして検討から明らかになる側面と期待される措置である。
①タイプ1は,これまでよく行われてきたヒヤリハット調査で,経験の事例を集めて紹介するという方法である。状況を実感しやすく,同様の危険に陥らないよう注意を促すのに効果的である。ただし,当事者が意識しやすい現象に片寄り,ともすると誰でもよく経験するありきたりのことの繰り返しで,マンネリ化してしまう可能性がある。
②タイプ2は,ヒヤリ経験に状況などの背景を組み合わせた情報収集である。問題点を検討する材料があるので,具体的な改善策を講じやすく,頻発する事態や状況が分かるので,対策の重点目標がはっきりする。ただし,そのためには一件一件を詳細に検討する作業が必要となる。
③タイプ3は,ヒヤリ経験の内容や状況など,安全対策に必要な事柄が実際にどうであったか,あらかじめ設定した質問にチェックするものである。ヒヤリ経験者にとって状況を回答する労が少なく,所定の分析法で容易に重点課題を探ることができる。ただし,具体性に乏しく,結果をそのまま示しても効果は期待できないから,解釈して具体的対策を示す必要がある。
 
      筆者の研究グループから構成される安全航行研究会では,これまで大がかりなヒヤリハット調査を何度も行った。そして,ヒヤリハット解析システムを構築した。
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                 図5 いろいろなヒヤリハット調査

  この続きは,右欄のライフログにおける「海事一般がわかる本」,「船舶安全学概論」,「ヒヤリハット200と事故防止」に書いた。ご関心のある方はお読み頂きたい。





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by yyama0525 | 2008-05-22 00:00 | ヒヤリハット

海王丸乗揚げ事故

                                船員教育のヒヤリハット!

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まえがき
 平成16年10月20日22時47分,練習帆船海王丸(総トン数2,556トン,全長110.09メートル,ディーゼル機関2,206キロワット,以下,海王丸という。)は,写真1に示すように,富山県伏木富山港の錨地で錨泊中,台風トカゲ(以下,台風23号という。)による強風と波浪により走錨(錨が海底からはずれて動いてしまうこと)し圧流され,富山東防波堤灯台から075度400メートルの,防波堤基部の消波ブロックに乗り揚げた。
 深い船体損傷を負ったが幸いにも,人身傷害に関しては浅かった。まかり間違って転覆していたら,結果としての損失が,ほぼ同じ場所で起きた,写真2に示す,タンカー乗揚げ事故(平成元年3月,低気圧の通過によって,走錨・乗揚げ・転覆し,乗組員10人のうち3人死亡)や,洞爺丸遭難事故(昭和29年9月,台風によって,函館港外で走錨・乗揚げ・転覆,乗組員乗客あわせて1139人が死亡または行方不明)にも準ずる事故になっていた可能性がある。
この意味で,この事故は重大なインシデント(未然事故)とも考えられ,安全体制の見直しのためにも意義深い。
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         写真1 乗揚げた内航タンカー と 乗揚げた海王丸(朝日新聞提供)   
 
 この事故について種々の見方があるが,その多くは過失論や海王丸への励ましである。
 旧海王丸は昭和5から平成元年に亘る59年間,海の若人11425名を育成した,我々海洋会員のマザーシップであった。平成元年に新しい海王丸にこの任務は継承された。新しい海王丸は,まさかと思うような,ショッキングな事故を起こした。
 この重大未然事故が風化してしまわぬ内に,同種海難の再発防止のために,安全運航を教える同僚として,航海訓練所がこの事故を重大なインシデントとしてとらえ,事故の直接原因および,背景原因を消去する安全体制をスマートに再構築し,実行することを強く期待するという心意気が筆者の本報告の動機である。


事故の経過


 横浜地方海難審判庁による海難審判裁決(平成18年1月20日)から抜粋引用すればつぎのとおりとなる。

平成16年10月2日14時:海王丸は,63人が乗り組み,実習生85人を乗せ,訓練航海の目的で,京浜港を発し,千葉県館山湾における登しょう訓練等を経て,14日に室蘭港に入港,海洋研修生等計20人を乗せ18日14時00分に同港を発航し,途中,帆走訓練を行いながら伏木富山港に向かった。19日夕方,海王丸船長(以下,船長)は,テレビ,インターネット等により気象情報の収集に努め, 台風23号の中心が20日夜から21日早朝にかけて富山県に最も接近し,その影響を受けること,20日夕方から北東風が海上で非常に強くなり,25m/sの風が吹く可能性があること,海上の波は20日に4m,21日に5mに達する可能性があるとの富山地方気象台発表の台風情報をインターネットにより入手していた。

20日07時15分:海王丸は,伏木富山港港域の北東端付近の富山東防波堤灯台から038°,1580mの地点に達したとき,水深17m,底質砂を確認後,右舷錨7節を投じて錨泊し,FAXにより航海訓練所運航部に投錨時刻,同地点等を報告した。

同日09時50分:富山地方気象台から富山県東部に対し強風波浪注意報が発表された。10時半頃,船長は,伏木富山水先区水先人会所属の水先人から「台風23号が接近する状況下,その錨地では危険だから七尾湾に避難するように」との伝言を代理店を通じて受けた。

同日13時30分過ぎ:錨地でも風向が北東に変わり,急速に増勢していった。14時30分に船長は,すでに風向が北東に変わり,風速も平均15~20m/sに達しており,当初の自らの予想と大きく異なる気象状況となったことを知った。

同日17時頃:船長は機関用意とし,17時30分船橋に赴き,18時,一等航海士を船首に赴かせて錨鎖の状態を報告させるなどした。19時頃,錨鎖の緊張緩和のため,機関の使用を開始した。

同日19時40分:海王丸は,南南西方向に約0.3ノットの対地速力で走錨を開始し,19時52分に船長は当直航海士から船位が100m南にずれているとの報告を受けて初めて走錨状態にあることを知り,錨を揚げて沖合に避難することとした。

同日20時頃:左舷錨鎖から揚錨を開始したが,20時10分に最初の1節目の錨鎖を巻き終えたとき,揚錨機が過負荷運転となって錨鎖の巻き揚げができなくなったため,錨鎖を現状のままとし,機関を使用しながら風浪を凌ぐこととした。

同日21時頃:波浪は高さ6メートルに達し,海王丸は,船首が060°を中心に左右各20°ばかり振れ回るようになり,船体が激しく動揺を繰り返す中,機関を全速力前進にかけても大きな波浪を船体に受けるたびに徐々に外防波堤に向け圧流されるようになった。

同日22時30分:推進器翼の海底への接触により機関が自停するとともに,機関室船底に生じた破口から浸水が始まった。

同日22時47分:東防波堤灯台から075°400mの地点において,外防波堤基部の消波ブロックに286°を向首して乗り揚げた。当時,天候は雨で風力12の北風が吹き,北北東方からの高さ約6mの波浪があった。この結果,海王丸は,船底外板に多数の凹損及び破口を生じて浸水し,上甲板まで海水に浸かって着底した。船長は,乗組員,実習生,海洋研修生の全員にライフジャケッを着けて第1教室に集合するよう船内放送し,VHFにより新潟海上保安部に事態を報告のうえ,救助を要請した。

事故の原因

 図1に示すとおり,「大型で強い台風23号により,まれに見る北よりの暴風が伏木富山港近辺に長時間に吹いたこと,また,この暴風が富山湾の海底地形の影響から大きな波浪を発生させたと思えること(予想を超えた風と波)」,「航海訓練所が富山湾及び錨地の水路事情等についての情報を収集しておらず,地方の詳細な水路事情を各練習船に提供していなかったこと,海王丸の台風避泊方法を確認せず,同船に適切な助言を与えなかったこと等安全運航支援が不備であったこと(安全運航支援不十分)」,「海王丸が「富山検疫錨地に錨泊したまま,富山湾付近を通過する台風をやり過ごすことは不適当」という,多くの船員の常識を知らなかった,または知っていても,避難する意志決定が出来なかった(気づかず/知識欠如)」という三つの原因が重なって起きた。
 これらのうちの一つが無ければこの事故は,起きなかった。これらについて簡単に述べる。
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                       図1 事故の原因

台風23号による予想を超えた風と波
 台風23号による気象海象については,気象学や海洋物理学の見地からは,より理論的な見方ができるであろうし,またこれにより明確な知見も期待する所である。地元の海技関係者として言えることは,この台風では富山ではまれに見られる北よりの暴風が伏木富山港近辺に長時間に吹いたといえる。また,この風が,この沿岸部の海底地形の影響から,まれに見る大きな波浪を発生させたと思える。
具体的には次のとおりである。なお,この防止対策は,台風予測の充実でしかない。


 最大瞬間風速は,事故当時の20日19時13分,富山地方気象台で40.6m/s,富山商船高専臨海実習場で42.1m/sであり,海王丸の記録では20日の21時頃に船の測器で60m/sを観測したという。北東方向からのこの風速は,富山を襲来した過去の台風データ一覧(富山地方気象台HP)では,1940年(昭和15年)観測開始以来のものであった。最大瞬間風速が35m/sを越えるものは非常に稀であり,その風向は西~南西となっている。


 富山湾においては北方から風浪やうねりが侵入する際には,常に多かれ少なかれ沿岸部で波高が増大する「寄り回り波」的な現象が発生する。伏木富山港湾事務所富山区と伏木区の沖の海底に波浪計によれば,波向は常に北~北東で,ピーク時には6mを越える有義波高があり,実際には,10mを超える波高が存在していた。

航海訓練所の海王丸への安全運航支援不十分
 IMO(国際海事機関)は,従来から設備・構造(ハード要件)の基準を作ってきたが,     
最近になって,海難の原因は概ね8割が「人的要因」であることが分かり,海難防止のためには,船舶の安全運航を確保する人的体制を構築することが重要とした。
従来,「一旦,港を離れると何が起きるか分からない」という伝統的な考え方から船長個人が安全の全てを管理していたが,ISMコード(国際安全管理コード1993年11月,IMO総会において採択)は,管理責任を会社においた。このことは,革命的な変化であった。民間では,外航船社はもとより,多くの内航船社もこれを率先して実施しているが,航海訓練所の練習船は,公用に供する船舶として安全管理手引書の備え置き義務を免除されていたため,自主的に安全管理システムの導入・運用を開始していた。
しかし,教育途上にある素人同然の実習生が多数乗船しているにもかかわらず,安全運航支援の実施が不十分であった。このため,海王丸から台風第23号の影響で着岸を見合わせて錨泊した旨の報告があったとき,地域の水路事情を入手しておれば,台風の動きを検討し,海王丸が極めて危険な状態にあることが分かる状況であった。それも分からず,全てを船長に任せたままであった。
 航海訓練所では,事故後,直ちに海王丸事故原因究明・再発防止委員会を発足させ,次に示す安全対策を打ち出した。これらの実行が「海王丸が不適切な避泊場所ということを気つかなかった,または,知らなかったこと」を含めての安全対策となる。
 ① 不安全行動の防止と安全風土の確立
 ② 乗組チームの機能強化
 ③ 陸上からの支援体制の強化
 ④ 台風対策指針(仮称)の速やかな作成
 ⑤ 緊急事態を想定した演習の充実・強化
 また,この安全対策に基づいて,事故後直ちに,次のことが実行された。
・2005年9月26日 安全宣言
 各練習船の幹部職員一同が集合したうえ,理事長から安全風土確立に向けた安全宣言,10月20日を「海王丸台風海難事故の日」とし,毎年同日,緊急対応訓練等を集中的に行うこととした。
・2005年10月20日 緊急対応訓練
 台風対策指針を作成,各船に配布,同日を含む週間に,陸上と船隊が一体となって緊急対応訓練を実施することとした。
・2005年12月1日 ISMコード認証  
 理事会に直結した「安全推進室」を設置,ISMコードに基づく認証を平成18年度中に取得する手続きを開始した。
・2006年4月1日 避泊地情報DB 
 避泊地情報を取りまとめたデータベースを構築し,その活用を開始予定。事後情報を追加しつつ充実を図る。

海王丸が不適切な避泊場所ということを気づかなかった,知らなかったこと

  伏木水先人会越前精一会長は、「富山湾における特性を重視すれば,台風23号によって富山湾は一番条件の悪い北東の風が吹くことが事前に予測されていた。一般船舶よりも強い風圧を受けるであろう帆船の海王丸が時間的に余裕がありながら,どうして,安全な海域に避難せずに錨泊で台風をやり過ごそうとしたのか分かりません」,日本船長協会市川博康常務理事は、「台風23号接近による富山湾の風向は北~北北東で,湾内に向かって吹く風であることは容易に予測できたと思います。しかも,勢力の強い台風が接近してくる状況下で,陸上からの距離が1マイルに満たない海域に錨泊するのはちょっと考えられません。中略 今回の場合は陸から沖に向かって吹く風ではなく逆の場合ですから」と言っている。
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        図2 富山湾の海底地形(財)日本水路協会

 富山湾は,図2に示すとおり、能登半島に遮蔽されて北西の季節風を防ぐことが出来るが,北東方向からの風に対しては,全く無防備であり,湾の水深が深く,陸岸にきわめて近い場所で,陸岸を風下にして錨泊することになるので,昔から台風や発達した低気圧を避泊する場所として不適当とされている。
 筆者は,この見解を客観的にするため,日本海海難防止協会の調査研究委員会において,委員長として、日本海中部海域における錨地の避泊地としての実務者の評価(平成10年,平成14年)と錨かきの実船実験(平成9年)を実施した。
 航海訓練所は,地方の航海情報収集に不十分であったため,これらの調査結果を知らなかった。調査結果の一部について述べる。

錨かき

 新潟,富山3箇所,七尾の錨地について実船実験を相対評価すると,この付近で良いとされる伏木の8割弱の把駐力を観測し,観測した5つの地点の中で第3位であり,とくに悪いというものではなかった。

錨地の避泊地としての実務者の評価
調査票に回答した船舶
 623隻(内,外国船214隻)で,その総トン数はその殆どが6000トン以下で,そのうち,1000~6000トンが半数(54%)を占めた。

伏木富山港の錨地に対する船長達の認識
 伏木富山港の錨地の認識については,「常に不安(7%)」,「季節により不安(59%)」,「出来るだけ錨泊を避ける(14%)」,併せて80%が,「錨地として適当でない」という評価をした。

不安の内容
 「季節による不安」,「常に不安」と回答した船舶にその不安を聞いたところ,「地理的条件から風浪を遮蔽できない」,「波浪の影響が大きい」,「天候の急変に遭遇することがある」が56%を占めた。
「出来るだけ錨泊を避ける」と回答した船舶の対処方法
 前もって着岸時間を確認のうえ,時間調整をして入港着岸するということであった。

水路誌の記載
 船員が最も頼りにしている海上保安庁水路部編集の本州北西岸水路誌では,2ページ半の紙面を割いて,富山湾に関する航海・停泊の指導案内が記載されている。そして,富山湾に関する紙面の約半分を用いて寄り回り波の危険性について記述しているが,これに関する避泊情報はない。
 寄り回り波は,注意しなければならない富山湾固有の波である。同時に「急深な地形になっており,錨地が狭い」,「北西の季節風は能登半島に遮られるが,北東からの波浪に対しては危険であり,乗揚げ事故等が発生している」という避泊情報を,水路誌に明記しておくべきである。そのことが安全対策の一つとなり得る。

海王丸は七尾湾に避難すればよかったのか    

  山元パイロットは,朝の港作業を終え09時頃に事務所に帰ってほどなく海王丸が富山湾に入り,富山区の沖合に投錨したことを知る。台風の影響がまだ生じていなかったが,その進路から富山地方は相当の大荒れになることが予想されていた。現在の投錨海域が強風に耐えるのに不向きであることを熟知していたので「海王丸に伝えなければ」と09時半頃に代理店に電話して「七尾湾への避難か安全な海域に回避するよう,船長に勧めてほしい」と要請した。
  10時半頃に海王丸に伝達されたが,何の対応もとらず,海王丸は動かなかった。
 錨かきの実験では,投錨し,錨鎖を伸ばし錨がかいた状態で,後進エンジンをかけて錨を走錨するまで引っ張り,その張力を比較検討するものであった。七尾港では,富山区の4割程度の錨鎖張力しか観測できず,きわめて悪い結果が出た。すなわち,錨の爪がかき込みにくい,錨が埋没しにくい状態であった。
 七尾港の錨地は北東からの風,うねりは,能登島により遮られる。事件当日の午後では,風が強くなり,しかも,入り口が狭いので馴れていない人には入りにくい。これらを考え合わせると,七尾港に午前中シフトすることが出来れば,錨かきが悪くて走錨したとしても,適切に機関を使用すれば今回の事故は起きなかったであろう。

海王丸はどうすればよかったのか

佐渡島の島影に避難
 前述の調査票調査において,伏木富山港に停泊する船の意図する避泊地は,佐渡島周辺46%であった。飯田湾は一部の狭い海域を除いて,北東からの風,うねりには弱いので,台風23号の場合は,佐渡島周辺しか良い避泊地はない。従って,富山区に来る前に,安全第一とし,佐渡島の島影に避難して台風の通過を待つのがベストだった。そのとき,3隻の大型フェリーは佐渡の島影に避難していた。

七尾港で避泊
 富山区に錨泊した後を考えると,風や,うねりが大きくなるのを予測し,そこにとどまらず,午前中に七尾に向かえばよかった。

港内のうねりの影響の出来るだけ少ない岸壁
 富山区にアンカーし,時間が経過してしまった場合を考えると,午前中,港内のうねりの影響の出来るだけ少ない岸壁にシフトすればよかった。現に,伏木富山港,新潟港では,錨泊船はなく,新湊区,新潟港の岸壁係留船に大きな被害は無かった。

ちちゅう(船首を風浪に立て操舵力を保持する最小の速力をもって前進する荒天時の操船方法の一種)
 岸壁にシフトすることが出来なければ,早めにアンカーを揚げ,湾口に向けて沖に出て,ちちゅう(船首を風浪に立て操舵力を保持する最小の速力をもって前進する荒天時の操船方法の一種)すればよかった。

あとがき

 この事故を一種の未然事故ととらえ,この種の事故を繰り返してはならない。
現在,この事件に関わる航海訓練所の原因に対しては着々と対策が進んでいる。今後は,日本海側特有の比較的悪い避泊条件に関して,港内避泊,行政指導,水路誌の改善等が関係官庁によってなされる必要があると考える。
船の運航は,常に自然に曝されて行われる高度な技術である。自然に如何に対応するかで正否が明確に分かれる。自然の力は人間に対して巨大である。台風による気象海象について,気象学や海洋物理学の見地から,局地的な風や波の予測技術が更に進展することを望み,船舶の安全航行を祈念する。
by yyama0525 | 2008-05-21 23:22 | 海王丸乗揚げ事故

海へ行こう


 以下に掲載する内容は,「一般の人間が海に親しむ時に知っておくべき知識を一つ、いつか加えて頂けないでしょうか」という,富山県民さまのご依頼に対応したつもりの記事です。
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海水浴,釣りには十分な注意とマナーを!
 
海浜事故の状況
海水浴場で海開きの神事が行われ、待ちに待った海水浴シーズンの幕が開ける。
しかし,毎年,痛ましい海浜事故が起きている。海上保安庁によると毎年,遊泳中に約300人,次いで釣り中に約200人の海浜事故が起きている。

遊泳中の事故原因と対策
今まで,海浜事故の原因については,よく分かっていない部分があった。しかし,今では徐々にその原因が具体的になりつつある。
悲惨な事故につながりやすい,子供の遊泳中の事故原因と対策は次ぎのことが考えられる。
・底の激しい流れに足をとられて,または突然の深みに足をとられて泳げない子供がおぼれる。
・手軽に楽しめるシュノーケリング器具等の不慣れな扱いから、子供が海水を吸い込みおぼれる。

これらの危険に子供がさらされていることに親が気づかなかったことが原因となる。
海の底はよく見えないし,動く水の中で,泳げない子供が遊ぶのだから,公園の遊園地やプールとは状況が全く違う。
子供から目を離さないというより,子供と行動を共にし一緒に遊んでやらなければならない。また,泳げない子供にはライフジャケットを着せるとよい。
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よくある大人の遊泳中の事故原因
・離岸流によってあっという間に沖に流されて岸に戻れなくておぼれる。
 
離岸流とは,海岸で発生する、岸から沖の方へ流れる速い流れのことで、その速さは,なんと毎秒1~2mに達することもあると言われる。
海岸に向かって吹く強い風によって,海水は沖から海岸に打ち寄せられる。
海水は岸に貯まるので,沖に戻さなければならない。その通り道が離岸流である。
風,波等の状況によって離岸流が発生する条件が整うことになるが,どこでも発生すると言われている。
日本財団の事業助成金を受け(財)日本水路協会等で作製した「離岸流のはなし」という教育資料を入手した。
しかし、期待していた離岸流の全国レベルの系統的な観測結果や離岸流の発生予測に関するものではなかった。
でも、有用だと思われるので,近くの海上保安部に問い合わせれば入手できるかもしれない。
あらかじめ,あなたのお気に入り海の水浴場の管理者やライフセーバー,サーファー等に離岸流についての可能性を確認しておいた方がよい。
万一,離岸流に流されたと気づいたら,まず,落ち着くことだ。岸の方向へ,流れに逆らって泳いではいけない。到底,泳ぎ切れない。助けを呼びながら,海岸と平行に泳ぐ。流れの巾は意外と狭く最大約50mくらいと言われているので、脱出することができる。
この,どこでも発生する可能性のある「離岸流」と「おぼれる」ことには大きな関連があると言われている。
・飲酒遊泳しておぼれる。
泥酔状態でなくとも,アルコール酔いで思ったように体が動かず,意外と簡単におぼれてしまう。自己過信をせず,飲酒遊泳を絶対にしないことだ。

釣り中の事故原因と対策
釣り中の事故原因は、転倒がもっとも多く(50%)、次いで孤立(18%)、波に引き込まれる(16%)と報告されている。釣り中の事故者では、ライフジャケットを着用していた65人の生存率が75%(49人)であった一方、ライフジャケットを着用していなかった178人の生存率は、48%(85人)という。
当然のことながら,ライフジャケットを着用し,転倒する,孤立する,波に引き込まれそうな所では釣りをしないことが対策となる。
不意に海に落ちた場合,着衣水泳をしなければならない。大変泳ぎ難く,水着のときに比べ泳げる距離は,約6割に減少すると言われている。しかし,服は脱がずともよい。服を脱ぐのに時間と大変な労力が必要であるからだ。また,衣服には浮力があり,体温低下を防ぐ。
なによりも,すばやく岸に戻らなければならない。私は在職中,今から30年前から海で着衣水泳を学生に体験させてきた。

心肺蘇生法の実施
心肺蘇生法とは,呼吸が止まり,心臓も動いていないと見られる人の救命へのチャンスを維持するために行う呼吸及び循環の補助方法である。
具体的には,呼吸が止まってから2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度,4分で50%、5分で25%程度となると言われる。
従って,救急車の到着までの数分間に現場に居合わせた,あなたによる心肺蘇生が行われるかどうかがおぼれた人の生死を大きく左右する。
具体的には,意識の確認,速やかに救急車を呼ぶ,気道確保,人工呼吸・心臓マッサージの繰り返しである。この方法の習得は今では簡便で一般的になった。
私は,在職中,今から15年前から消防署レスキュー隊のご協力を得て,毎年,学生にこの方法を教えてきた。

波の力を甘く見てならない
釣り中や海岸での散策中に高波にさらわれたりする事故がある。波の力を甘く見てはいけない。凄い破壊力を持っている。私も波の写真を撮るために大荒れの海に近づくことがある。
私よりも軽装で平気で波に近づこうとする人たちがいる。低気圧が日本海を通過し、波や風が治まり海面が平穏になった頃、突如として高さが3~5mの大波が富山湾沿岸を襲い、船舶や建物に大きな被害を与えることがある。
この富山湾特有の異常な大波を「寄り回り波」と呼んでいる。

海浜事故は減らすことが出来る
このように考えてくると,海には近づかない方がよいと思われるかもしれない。
海浜事故の殆どは人為災害(人災)であり,人間に原因がある。たとえば,こういうことを知っていることや関係機関の尽力により,海浜事故を少なくすることが出来る。
海浜事故は,減少傾向にあり,今では,昭和50年時の4割に減少した。
 
海を汚してはならない
私には,こんな経験がある。私が友人と二人で漁船で流し釣りをしていると,立派な大型クルーザーが私達の漁船に近寄ってきた。何が釣れるかを知りたかったのだろう。しばらく近くで私達をみていたが,たいして何にも釣れてないと分かったのだろう。クルーザーに同乗していた若い女性が缶ビールの空き缶等の入ったビニール袋をポーンと海に投げ捨てると同時にそのクルーザーは「ゴー」と音をたてて,大きな航走波をたてて沖に向かって去った。
私達の乗った漁船は大きく揺れた。友人は無言でそのゴミをタモですくい取った。
海は広くて大きいものだから、少しぐらいはよいだろう・・とごみをすてる人があとをたたない。塵も積もれば山となる。今,この山が地球を壊しつつある。

海でのマナー
「母なる海は人間を育てる」で述べたように,海は人間の母である。
母の膝元で行儀の悪い行いをして欲しくない。たとえば,富山の海を愛する、釣り人たちの集まりである富山湾岸景美隊の方々等が,頭の下がる実行をされている。
マナーは,私のとくに専門とするところではないので,このサイトを訪れ,認識を新たにすることを勧める。
また,釣りをする場合は,県条例で何をしてはならないのかが決まっている。確認して欲しい。

安全第一で海へ行こう
何もしないで寝て居れば確かに「安全」だが,「安全第一」とは,限界を見極めたうえ,一歩安全サイドで実行することである。「安全第一」で海へ行こう。




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by yyama0525 | 2008-05-19 00:00 | 海へ行こう(×)